大阪地方裁判所 平成4年(ワ)8478号 判決 1996年9月30日
原告 小森嘉之
同 中野延市
右両名訴訟代理人弁護士 中山厳雄
被告 大七証券株式会社
右代表者代表取締役 葛谷哲三
右訴訟代理人弁護士 石井通洋
同 鳥山半六
同 岩本安昭
主文
一 被告は、原告小森嘉之に対し、金六四八〇万円及び内金六〇〇〇万円に対する平成四年二月四日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告中野延市に対し、金一九八〇万円及び内金一八〇〇万円に対する平成四年三月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、これを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
五 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告小森嘉之(以下「原告小森」という。)に対し、金一億八〇〇万円及び内金一億円に対する平成四年二月四日から支払済まで年五分の割合による金員を、原告中野延市(以下「原告中野」という。)に対し、金三三〇〇万円及び内金三〇〇〇万円に対する平成四年三月九日から支払済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
第二事実関係
本件の事案は、原告らが、被告大阪支店の法人部次長兼法人課長であり、かつ、被告の外務員であった訴外土居光二(以下「土居」という。)から、株価指数オプション取引等を勧誘されたため、これに応じ、同人に対し、その運用資金として金員を預託したところ(以下「本件取引」という。)、土居は、これを右取引のために運用せず、原告らに対し右預託金相当額の損害を被らせたなどと主張して、土居の使用者である被告に対し、被告との間で成立した委託契約の解除に基づく右預託相当額の返還、又は、民法七一五条に基づく右損害の賠償を求めている事案である。
一 請求原因
1 当事者
(一) 被告は、肩書地で大蔵大臣の免許を受けて有価証券の売買、有価証券の指数等先物取引、有価証券オプション取引又は外国市場証券取引の媒介、取次又は代理等証券取引法二条八項に掲げる行為を行うことを業とする株式会社である。
(二) 土居は、本件取引当時、被告大阪支店に法人部次長兼法人課長として勤務していた従業員であり、かつ、顧客に対し被告との間で有価証券の売買取引等を行うために必要な説明と助言を行い、顧客からの注文を取り次ぐ外務員(証券取引法六二条)であった者である。
(三) 原告中野は、昭和六三年七月ころ、同じく大阪青年会議所の会員であった土居と知り合い、同人に勧誘されて、被告との間で、証券取引を行うための取引口座を開設して、株式の現物取引を行うようになり、昭和六三年一一月に高島屋工作所の株式五〇〇〇株を購入したことを初めとして、平成四年一月二八日まで、被告との間で株式取引を行ってきた者である。
(四) 原告小森は、原告中野と同じく右会議所の会員であったが、平成三年ころまでは土居とは面識がなく、原告中野が四〇歳に達して右会議所を退会することとなったのを機会に、原告中野から土居を紹介され、これにより、平成三年ころ、土居と知り合ったものの、本件取引まで被告との間で証券取引を行うことはなかった者である。
2 本件取引の経緯
(一) 平成四年一月ころ、土居は、原告中野に対し、株価指数オプション取引で利益が確定している商品があり、一億円の投資で一か月に三、四割の利益が上がるから投資してほしいなどと勧誘したが、原告中野は右資金を用意できないことを理由にこれを断った。
(二) すると、土居は、今度は、原告小森に対して、度々、右と同様の勧誘を行い、その際、被告は東京銀行の系列下にある中堅の証券会社であり信用もある、自分は法人部次長として責任ある立場にあり会社から嘱望されている、右取引はハイリターン・ノーリスクであるなどと述べた。原告小森が、土居に対し、何故そんなことができるのかなどと問いただすと、同人は、「外国系証券会社から話が入ってきており、外国の証券会社は規制が少ないから自由に動け、今まで実際に儲かっている。日本の証券会社は大蔵省の指導がきついから儲かっていない。外国系証券会社の情報をもとに被告の朝会で情報を貰って情報を交換し、当日の売買を指示して取引している。被告自身大きな取引をしており、勝つものもあれば、負けるものもあるが、自分の顧客にどの玉を買うか特定していないから、全体として損失が出ても、ディーラーの裁量で儲かった玉に自分の顧客をはめることができる。次長としても、複数の顧客の取引を依頼されており、その中で勝った玉を小森さんにはめることもできる。」などと説明するとともに、取引のパンフレットや、他人の取引実績を示すコンピューターデーター資料を見せるなどして、原告小森を安心させようとした。
その結果、平成四年二月四日、原告小森は、株価指数オプション取引のための運用資金として、土居に対し、小切手で一億円を預け、その際、土居は、同日付預かり証書に「大七証券(株)土居光二」と記名捺印するとともに、「平成四年三月一六日完了日金一億四五〇〇万円」と記載して、これを原告小森に交付し、右一億円に運用利益を上乗せして合計一億四五〇〇万円を同日に原告小森に渡す旨約した。
(三) 同年三月初め、土居は、原告中野に対し、三〇〇〇万円を投資してもらえれば、同月一六日に二割の利益が確定している株価指数オプション取引があるなどと述べて、投資の勧誘をしてきたので、原告中野はこれに応じ、同月九日、土居に対し、現金三〇〇〇万円を預け、その際、土居は、「大七証券(株)土居光二」と記載された預かり証書を原告中野に交付した。
(四) その後、約束の決済日である同月一六日が到来したにもかかわらず、土居が取引決済金を持参しないため、原告らが土居に問い合わせると、同人は、被告に大蔵省の調査が入り身動きが取れないので一週間待ってほしい旨述べた。
しかし、同日から一週間が経過した同月二三日ころになると、土居は、今度は、名古屋の証券会社で運用しているが、右会社に国税局の調査が入ったので、もう二週間待ってほしい旨述べた。原告らは、不審に思い、土居に対し、受領した前記預かり証書を被告発行のものと差し替えるよう要求した。すると、土居は、「被告には入金されていないので、被告のものと差し替えることはできない。」、「自分で名古屋の証券会社で運用しているのがうまくいっているから、国税局が調査を終えて帰るまで、とにかく二週間待ってほしい。」などと述べた。
(五) その後、土居は、同年四月六日ころには、「まだ国税局の調査が終わらない。同月一四日には、運用利益一割一七六〇万円増しの合計一億九三六〇万円を必ず渡す。」などと述べたが、これも果たせず、同年五月三日には、「名古屋の証券会社ではなく、神戸の田村が岡三証券に設定している取引口座を使って数人で資金を出し合って運用していたが、その出資者の一人が急に資金を引き上げたので、予定していた運用が損を出し、元本がゼロになってしまった。」などと、様々な言い訳をしていたが、同年六月三日、土居は、原告らの追求に抗しきれず、原告らからの預かり金を他の顧客に対する損失補填に充ててしまい、被告には入金しておらず、したがって、原告らに説明した取引も行っていない旨初めて述べるに至った。
3 被告の責任
(一) 債務不履行責任
(1) 土居は、被告の社員外務員として、証券取引法六四条一項に基づき、被告に代わって、その有価証券の売買その他の取引並びに有価証券指数等先物取引、有価証券オプション取引及び外国市場証券先物取引に関し、一切の裁判外の行為を行う権限を有するものとみなされ、被告のすべての営業行為につき、被告を代理して行う権限を有していた。そして、顧客から証券又は金銭の引渡を受ける行為、保護預り、名義書換、増資新株払込等の委託を受ける行為も、右の「その他の取引」に含まれる。したがって、土居が、原告らに対し、株価指数オプション取引で運用する旨告げて、原告小森から一億円、原告中野から三〇〇〇万円をそれぞれ預かり受領した行為は、被告を代理して行ったものとみなされ、原告らと被告との間には、被告において、原告らのために右各金員を株価指数オプション取引で運用する旨の委託契約が成立したこととなる。
(2) ところが、土居は、右委託契約に反して、右運用を行わなかったのであり、これは被告の債務不履行にあたる。
(3) 原告らは、平成五年五月二四日の本件口頭弁論期日において、被告に対し、被告の右債務不履行を理由に、右委託契約を解除する旨の意思表示をした。
(4) よって、被告は、原告らに対し、右委託契約の解除による原状回復義務として、原告らが預けた右金員を返還し、かつ、債務不履行に基づく損害賠償として、原告らが本訴提起のために要した弁護士費用(原告小森につき八〇〇万円、原告中野につき三〇〇万円)を支払うべき責任を負う。
(二) 使用者責任(民法七一五条一項)
(1) 土居は、原告らから株価指数オプション取引のための運用資金名下に前記各金員を騙取し、ないしは株価指数オプション取引のための運用資金として右各金員を預かりながら、右各金員を他の顧客に対する損失補填に流用してしまったものであるが、土居の右行為は被告の職務の執行につきなされたものというべきであるから、被告は、民法七一五条一項に基づき、土居の右不法行為によって原告らが被った損害を賠償すべき責任を負う。
(2) 原告らは、土居の右不法行為によって、次のとおりの損害を被った。
<1> 原告小森 合計一億〇八〇〇万円
ア 預託金 一億円
イ 弁護士費用 八〇〇万円
<2> 原告中野 合計三三〇〇万円
ア 預託金 三〇〇〇万円
イ 弁護士費用 三〇〇万円
4 よって、被告に対し、委託契約の解除による原状回復請求権及び債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき、又は不法行為(使用者責任)による損害賠償請求権に基づき、原告小森は、一億八〇〇万円及び内金一億円に対する不法行為日である平成四年二月四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告中野は、三三〇〇万円及び内金三〇〇〇万円に対する不法行為日である同年三月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1(一) 請求原因1の(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実は認める。なお、被告は、平成四年九月一〇日付で、訴外土居を懲戒解雇処分としている。
(三) 同(三)及び(四)の事実のうち、原告中野が被告に取引口座を設定し被告との間で証券取引を行ったことがあることは認め、その余は不知。なお、原告中野は、中野の婦人服メーカーである株式会社平和繊維の代表取締役社長であり、原告小森は、東京証券取引所一部上場企業である丸大食品株式会社の代表取締役社長である。
2 同2の事実のうち、原告らが土居に交付したと主張する金員が被告に入金されていないことは認め、その余は不知。
3(一) 同3の(一)の事実のうち、土居が被告の社員外務員であったことは認め、土居が原告らに対し勧誘した株価指数オプション取引が被告の営業行為であること、土居が原告小森から一億円、原告中野から三〇〇〇万円をそれぞれ預かり受領した行為が被告を代理して行ったものであること、原告らが平成四年二月ないし三月ころ被告に対して株価指数オプション取引を依頼したこと、原告らと被告との間で株価指数オプション取引の委託契約が成立したことは否認する。
原告らが土居に金員を交付したのは、被告に入金して取引を行うためではなく、土居の私的な運用能力に期待して、同人に対し個人的に資金の運用を任せたものにすぎず、土居も被告を離れた個人としての立場で原告らから右金員を預かったものであって、本件取引は、土居が原告らから個人的に預かった資金を個人的に運用し、確定した金利を約束するものであったことは明らかである。しかして、被告を含めた証券会社は、右のような取引を行うことはできないのであるから、右取引が証券取引法六四条一項にいう「その他の取引」に該当しないことは明白であり、かつ、土居は被告に代わって右取引を行ったものでもないから、同条項の適用はない。
(二) 同(二)の事実のうち、原告らの損害については不知。その余は否認ないし争う。
前記のとおり、原告らが土居に金員を交付したのは、被告に入金して取引を行うためではなく、土居に個人的に資金の運用を任せて利益を得るためであって、被告の義務とは何ら関係がなく、被告の事業の執行につき行われたものではないから、被告が土居の本件行為について使用者責任を負うことはない。
三 抗弁
1 悪意又は過失(債務不履行責任に対して)
次に述べることからすれば、原告らは、土居の勧誘した取引が被告において行うことのできないものであって、土居は被告のために被告に代わって行動しているものではないことを知っていたものであり、仮にそうでないとしても、過失によりこれを知らなかったのであって、よって、被告は、本件取引について債務不履行責任を負うものではない(証券取引法六四条二項、民法九三条但書。なお、証券取引法六四条二項にいう「悪意」には重過失も含まれると解すべきである。)。
(一) 本件取引は、その投資金額が一億円又は三〇〇〇万円といった確定金額であり、かつ、どのオプションをいくらの価格でどれだけ購入するかという、通常の取引に必要な具体的注文の話は全くされておらず、一種の一任勘定取引であって、また、その取引に伴う被告の手数料等についての説明もされていない。
しかも、本件取引は、預った資金を運用して、わずか一週間ないし一か月もの間に、投資資金に対し、二割又は三、四割の確定利益が得られるというものであって、それは、被告を通じて取引を行い、利益や損失が出るという通常の取引ではない。
(二) 土居は、原告らに対し、外資系証券会社やダミー会社を含む被告以外の会社で運用する旨述べて、勧誘したものであり(このことは、原告らが、土居の他の証券会社で運用している旨の弁解を一応信用して、期限の猶予を与えていることからも明らかである。)、また、その際、被告のディーラーで勝った玉のみを当てはめてくれるから確実に儲かるというような説明もしているが、右にいう被告のディーラーで勝った玉のみを当てはめるということは、他の顧客又は被告に損失を与える行為で、極めて不公正なものであり、法律上も禁止されているところである。
(三) 被告では、顧客から取引の委託の執行により金銭等を預かった場合には、必ず、被告所定の様式、用紙による預かり証書を交付しているところ、土居が原告らに対し交付した本件預かり証書は、被告の正規のものではなく、土居がメモ用紙を利用して手書きで作成した私製のものにすぎない。このような外務員個人の領収書の発行は禁止されているのであるが、仮に証券会社の社員が、名刺等を利用して金銭等を預かることがあっても、それは、時間的に正規の領収書を発行する時間的余裕のないような場合に限られ、顧客の了解も得るのが通常であるが、本件では、被告の正規の領収書を発行する時間的余裕は十分にあったのであって、右のような事情はない。
(四) 原告らは、本件資金について、被告の口座に送金するという安全な方法を採らず、ホテルのロビー等被告営業所外で土居に対し直接現金等を交付している。しかも、原告小森は、本件資金の交付にあたり、土居から、自分も取引に参加したいなどと言われて、五〇〇万円を受け取っている。
(五) 一般に、証券会社との間で証券取引を開始するにあたっては、予め口座の設定等の手続が行われることは常識であるが、原告らは、会社経営者で、かつ、充分な証券取引の経験も持っているのであるから、右のことを充分に知っていたはずである。しかるに、原告らは、土居に対し、本件預かり証書と引換えに、一億円又は三〇〇〇万円といった大金を預託しておきながら、右預託前はもちろん、その後においても、右通常の取引に必要な手続を一切行っていない。
また、被告においては、顧客からの委託を受けて行われた取引について、その約定成立日の翌日に被告所定の様式、用紙による取引報告書を発送しているところ、本件では、右のような書類は一切送付されていない。
(六) 原告らは、本件預かり証書が被告の正規のものではなく、また、被告より送付されてくるはずの取引報告書等の書類も送付されてこないのに、本件事件の発覚後も含め、平成三年九月に至るまで、直接、被告に対し何らの問い合わせもしていない。
(七) 原告小森は、平成三年五月ころ、本件取引に関連して、土居個人の自宅の土地及び建物に対して抵当権を設定している。
(八)原告中野は、平成三年六月八日、被告大阪支店に来社して、オプション取引について説明を受けた上で、あらためて被告との間で、口座を開設して、取引を始めており、また、その際にも、本件取引については一切触れていない。
2 悪意又は重過失(使用者責任に対して)
右1において述べたことからすれば、原告らは、本件取引が被告において行うことのできないものであって、土居が本件取引を被告の事業の執行として行っているものではないことを知っていたというべきであり、仮にそうでないとしても、少なくとも重過失によりこれを知らなかったのであって、よって、被告は、土居の本件行為について使用者責任を負うものではない。
3 過失相殺
仮に、抗弁1及び同2が認められないとしても、右1において述べたことなどに照らせば、原告らにも過失があるから、過失相殺がされるべきである。
四 抗弁に対する認否
抗弁1ないし3は否認ないし争う。なお、証券取引法六四条二項にいう「悪意」には、重過失は含まれないと解すべきであり、仮に含まれるとしても、悪意と同視できる程度の重過失に限定すべきである。
第三当裁判所の判断
一 まず、本件の経緯等についてみるに、当事者間に争いがない事実、並びに甲第一号証ないし第一二号証、第一六号証ないし第二三号証、第二五号証、第二六号証、乙第六号証ないし第一四号証、原告ら各本人尋問の結果、証人土居の証言、弁論の全趣旨により認められる事実は、次のとおりである。
1 当事者等
(一) 被告は、肩書地で大蔵大臣の免許を受けて有価証券の売買、有価証券の指数等先物取引、有価証券オプション取引又は外国市場証券取引の媒介、取次又は代理等証券取引法二条八項に掲げる行為を行うことを業とする株式会社である。
(二) 土居は、昭和六三年四月に被告に入社し、本件取引当時、被告の大阪支店で法人部次長兼法人課長の地位にあったものであり、かつ、顧客と被告との間で有価証券の売買取引等を行わせるために必要な説明と助言を行い、顧客からの注文を取り次ぐ外務員(証券取引法六二条)でもあったが、本件事件の発覚のため、平成四年九月一〇日付で被告を懲戒解雇となった。
(三) 原告中野は、婦人服の製造等を行っている訴外平和繊維株式会社の代表取締役であり、昭和六三年七月ころ、同人と同じく大阪青年会議所の会員であり、当時被告の法人部課長の地位にあった土居と懇意となり、同人に勧誘されて、同年一一月八日、被告との間で証券取引を行うための口座を開設し、同月に高島屋工作所の株式五〇〇〇株を購入したことを初めとして、平成四年一月二八日まで、土居を担当者とし、同人から買付及び売付の時期や銘柄に関してアドバイスを受けるなどして、被告との間で株式の現物及び信用取引を多数回行ってきた(なお、原告中野は、被告との間で取引を開始する前にも、多少の株式取引の経験があった。)。
(四) 原告小森は、東京証券取引所一部上場企業である丸大食品株式会社をはじめ二三の会社の代表取締役を務めており、また、右大阪青年会議所の会員であったが、平成三年ころまでは土居とは面識がなく、原告中野が四〇歳に達して右会議所を退会することとなったのを機会に、平成三年一〇月ころ、原告中野の紹介により土居と知り合うようになった。原告小森は、丸大食品株式会社の代表取締役として、数十億円単位で証券取引を行っていたとともに、個人的にも、約十数年間にわたり、証券会社数社に口座を設定するなどして、多額の株式の現物取引を行っており(ときには、一回四、五千万円の取引を行うこともあった。)、土居と知り合ってからは、同人から、原告小森個人又は同人の経営する丸大食品株式会社と被告との間の取引を勧誘されたが、原告小森はすぐには右勧誘にのらず、同人は、被告との間では、取引を行っていなかった。
2 本件取引の経緯
(一) 右のとおり、原告中野は、土居を担当者として被告との間で取引を行っていたが、右取引において、株価の下落等により損失が生じていたことから、土居は、右損失を取り戻そうとして、平成三年一〇月ころからは、原告中野に対し、株価指数オプション取引を勧めるようになり、「被告では、外国系証券会社の情報を朝会で利用できる。」、「被告の中のディーラーが大きい取引をしており、その取引の中で勝っている玉を回せば損をすることはない。」、「絶対に損はさせない。」などと説明していた。
そして、平成四年一月下旬ころ、土居は、原告中野に対し、株価指数オプション取引で利益が確定している商品があり、一億円を投資してくれれば一か月に三、四割の利益が上がるから投資してほしいなどと投資の勧誘をした。しかし、原告中野は、二、三千万円くらいしか用意できないことを理由に右勧誘を断った。
(二) そこで、土居は、同じころ、原告小森に対して、原告中野に対する場合と同様に、一か月で二、三割ないしはそれ以上の利益が確定している株式の先物オプション取引があるなどと投資の勧誘を度々行い、その際、土居は、「リスクヘッジにより損失を最小限にくい止めることができ、一方で、利益は三、四割上げることができる。」、「外国系証券会社の情報を被告の朝会で利用できる。」、「被告自身大きな取引をしており、ディーラーの裁量で儲かった玉を自分の顧客に当てはめることができる。」などと説明し、また、被告の過去の取引における利益の上がった実績や右取引の説明に関する資料を見せたりして、絶対に大丈夫などと説得した。
原告小森は、原告中野に対し、それまでの土居との取引について問い合わせがあったが、これに対し、原告中野は、三年半程の間トラブルを起こすようなことはしていないし、被告内においても昇格しており、優秀な法人部次長であるなどと説明した。
(三) その結果、原告小森は、同年二月四日、ホテルのロビーにおいて、前記取引のため、額面一億円の小切手(以下「本件小切手」という。)を土居に預け、これに対し、土居は、「大七証券(株)土居光二」名義で作成された甲第一号証の預かり証書に、「平成四年三月一六日完了日金一億四五〇〇万円也」と記載して、これを原告小森に交付し、右一億円に利益を上乗せして一億四五〇〇万円を同日に同人に渡す旨述べた。なお、本件小切手の交付の際、土居は、自分も本件取引に参加したいなどと述べて、原告小森に対し五〇〇万円を交付した。
(四) しかし、土居は、同月五日、本件小切手を以前からの顧客であった訴外佐々木政次に対しそのまま手渡して、これを同人に対する損失補填に充てた。
(五) 同月二四日ころ、土居は、原告中野に対し、同年三月二日に四〇〇〇万円を投資してくれたら、二週間で二割の利益が確定している株価指数オプション取引があるなどと述べて、投資の勧誘をしたが、原告中野は、資金繰りができなかったことから、右勧誘を断った。
その後、土居は、再び原告中野に対し、三〇〇〇万円を投資してもらえれば、一週間で二割の利益が見込める株価指数オプション取引があるなどと述べて、投資の勧誘をしてきたため、原告中野は、それまでの被告との間の取引で生じていた損失を取り戻せると思い、右勧誘に応じることとし、手持ちの株式を売却したり、生命保険を解約するなどして右資金を調達した上、同年三月九日、会社の応接室で、右取引のため土居に対し現金で三〇〇〇万円(以下、原告中野が土居に交付した右現金を「本件現金」といい、また、本件現金と本件小切手とを合わせて「本件資金」という。)を預け、その際、土居は、前の勧誘時に準備していた預かり証書の日付と金額を訂正して、「大七証券(株)土居光二」名義で作成された甲第二号証の預かり証書(以下、土居が原告らに対し交付した甲第一号証及び第二号証の預かり証書を「本件預かり証書」という。)を原告中野に交付し、右三〇〇〇万円に利益を上乗せして三六〇〇万円を同月一六日に同人に渡す旨述べた(なお、原告中野は、それまでの被告との間の取引において、右のような預かり証書を土居から受け取ったことはなかった。)。
(六) しかし、土居は、本件現金についても、原告小森から預かったときと同様、翌日以降、他の顧客に対する損失補填に充てた。
(七) 原告小森は、本件小切手の交付以降、被告の正規の預かり証書ないし領収書その他の取引関係書類が送付されてこないので、土居に対し連絡を入れ、問い合わせるなどしていたが、その都度、同人は、それらの送付が遅れていますが、本件資金の運用の方は大丈夫ですなどと答えていた。
(八) その後、同月一六日が到来したにもかかわらず、土居が前記運用利益等を持参しないため、原告中野は、土居に対し連絡を入れ、問い合わせるとともに、被告の正規の預かり証書はないし領収書その他の取引関係書類を早く持ってくるように述べたところ、同人は、被告に大蔵省の調査が入り身動きが取れないので一週間待ってほしいなどと説明し、また、原告小森に対しても同様の説明をした。
しかし、土居が同月二三日にも前記運用利益等を持参しなかったことから、原告中野は、土居に連絡を入れ、問い合わせるとともに(なお、それに先立ち、原告小森は、原告中野に対し、社用等で忙しいので自分に代わって土居に聞いておいて欲しい旨依頼しており、以後、原告小森は、自ら土居に連絡を入れることもあったが、原告中野を通じて土居の説明をきくことが多かった。)、被告の正規の預かり証書ないし領収書に差し替えるよう要求したところ、土居は、「被告に本件資金を入金していないので差し替えられない。」、「本件資金は、名古屋の別の証券会社で運用しており上手くいっているのが、右会社に国税局の調査が入ったので、もう二週間待ってほしい。」などと説明し、本件資金を被告で運用していないことを明らかにした。そのため、原告中野が、被告に話をするなどと言うと、土居は、「被告に話されると、自分は被告を懲戒解雇となってしまい、本件資金も戻ってこない。」、「もう少し待って欲しい。」などと述べて、被告には本件取引のことを話さないよう懇請した。
原告小森も、右の話を原告中野から聞いて、不審に思い、直接土居に連絡を入れ、問い合わせたが、同人は大丈夫ですなどと答えた。
(九) その後、土居は、同年四月六日ころ、原告中野に対し、「まだ国税局の調査が終わらないので、もう少し待ってほしい。同月一四日には、利益一割相当額一七六〇万円(前記一億四五〇〇万円及び三六〇〇万円の合計一億八一〇〇万円から、土居が原告小森に対し交付した五〇〇万円を控除した一億七六〇〇万円の一割相当額)増しの合計一億九三六〇万円を渡す。」などと述べて、甲第一二号証の書面を原告中野に渡した。
(一〇) しかし、同日になっても、右約束を果たせず、その後、土居は原告らに対し様々な言い訳をし、同年五月三日ころには、原告中野に対し、「運用に失敗して預かった本件資金全部を失ってしまった。」、「もう一度、取引のチャンスを与えてほしい。」などと述べて、過去の取引実績に基づいて作成された利益に関するシミュレーションの資料や運用の説明書等を再度見せるなどしていた(なお、原告小森は、同月二八日付で、神戸市長田区所在の土居個人所有の自宅の土地及び建物に対し、便宜上金銭消費貸借を原因として、抵当権を設定していた。)。
しかし、土居の弁解が度々変わることから不審を募らせていた原告らが、土居を追求していったところ、同年六月初めころになって、同人は、原告らに対し、本件資金は全て他の顧客に対する損失補填に充ててしまい、被告には一度も入金しておらず、原告らに説明した取引も行っていないなどと初めて事実を打ち明けるに至った。
原告らは、土居が、被告には無断でやっていたため、被告に本件取引のことを話されると、被告を懲戒解雇となってしまい、本件資金も戻ってこず、自分の家庭も無茶苦茶になるなどと述べるとともに、再度投資してもらえれば今度こそ必ず利益を上げてみせるなどと述べて、被告には本件取引のことを話さないよう懇請したため、原告らも、損失が取り戻せるのであればと考え、直ちに被告に本件取引のことを話すことはしなかった。
(一一) 原告中野は、右のように、土居から、今度は必ず利益を上げてみせるなどと言われるとともに、関連資料等も見せられたことから、少しでも損失を取り戻そうと考え、再度、オプション取引を行うこととし、同月八日、被告大阪支店を訪れ、同支店の北橋部長と会い、同人から取引の説明等を受けた上で、自分の経営する訴外平和繊維株式会社名義にて、株価指数オプション取引についての確認書および株価指数オプション取引口座設定約諾書を作成して、被告に株価指数オプション取引口座を開設し、同日、被告に対し二〇〇〇万円を預け、被告の正規の領収書を受け取った。その際、原告中野は、本件取引のことについては話をしなかった。
原告小森も、土居から、原告中野の取引が上手くいけば、同様の方法で損失をもどすことができるなどと勧誘を受けたため、原告中野の右再取引の経過を見守ることとした(しかし、原告中野の右再取引において期待するほどの成果が出なかったことから、原告小森は、結局、再取引には応じなかった。)。
(一二) その後、同月一五日及び一六日、土居は、訴外中山巌弁護士の事務所に来所し、本件取引に関する事実経過について説明し、その際、甲第三号証及び第四号証の各陳述書を作成した。
(一三) 同年九月一日ころ、原告中野と訴外中山弁護士とは、被告大阪支店を訪れ、同支店の村松部長及び花田支店長と会い、本件取引のことについて説明した。これにより、被告は、初めて本件取引のことを知った。
そこで、被告は、同月四日ころから八日ころにかけて、土居から事情を聴取し、その内容を乙第一〇号証及び第一一号証の各書面としてまとめた。
二 そこで、右認定の事実を前提に、被告の使用者責任(民法七一五条一項)について判断する。
1 まず、土居が、原告らから、株価指数オプション取引等のための運用資金として、本件資金を預かった行為が、被告の事業の執行につき行われたものということができるかどうかとの点について検討する。
(一) 土居は、原告中野から本件現金を預かった際には、当初から他の顧客の損失補填に充てる意図であった旨証言しており、これによれば、土居が原告中野から本件現金を預かった行為は、土居の職務権限内において適法に行われたものではないと認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
また、原告小森の場合についてみるに、この点、土居は、原告小森から本件小切手を預かった時点では、勧誘時の説明のとおり、現実に被告に入金して運用する意図であった旨証言する。しかし、前記一の2において認定したとおり、土居は、本件小切手を預かったその翌日にそのまま訴外佐々木政次に交付し同人に対する損失補填に充てていることに加え、乙第一〇号証、証人土居の証言によれば、土居は、かねてより、右訴外佐々木から取引で生じた損失の返済を迫られていたこと、土居は、原告小森から本件小切手を預かるに先立ち、右訴外佐々木に対し連絡を入れ、資金が入るので、これを交付する旨約束していること、土居は、通常の取引において行われる正規の手続を履践し、被告の正規の領収書を作成して、これを原告小森に交付する時間的余裕があったにもかかわらず、これをせず、本件預かり証書を交付していること、土居は、本件小切手を預かったその翌日二月五日の午前中には被告に出社しており、被告への入金手続をする機会があったにもかかわらず、これをすることなく、右訴外佐々木に対し本件小切手をそのまま交付していることが認められることを併せれば、土居は、原告小森の場合にも、当初からこれを他の顧客(すなわち、右訴外佐々木)に対する損失補填に充てる意図であったというべきであって、土居が原告小森から本件小切手を預かった行為についても、土居の職務権限内において適法に行われたものではないと認められ、土居の右証言は信用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右の事実からすれば、土居は、原告らから本件資金を預かった時点で、これを前記説明、勧誘のとおり原告らのために株価指数オプション取引等で運用する意思はなく、右運用資金名下に原告らから本件資金を騙取したものにすぎないと評価すべきであり、土居の右不法行為は、被告の事業の執行そのものとして行われたものであるということはできない。
(二) しかしながら、一般に、株価指数オプション取引等のための運用資金の受領は、証券会社の事業の執行の範囲内にあると考えられることに加え、前記一の2において認定したとおり、本件資金の交付は、土居が被告大阪支店の法人部次長兼法人課長及び被告の外務員として原告らと接触し、被告との間の取引を担当し又は勧誘したことに端を発していること、土居は原告らに投資の勧誘をする際、被告の情報力の活用等を強調していること、本件預かり証書には、「大七証券(株)」との記載があることなどを併せ考えれば、土居が原告らから本件資金を預かった行為は、客観的、外形的にみて、被告の事業の執行の範囲内に属するものと認めることができ、そうであるとすれば、土居の右行為は、実際には被告の事業の執行として行われたものではないとしても、なお民法七一五条一項にいう「其事業ノ執行二付キ」行われた行為にあたるというべきである。
2 ただ、被用者の取引行為が、その外形からみて使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合であっても、それが被用者の職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、相手方が右の事情を知り、又は少なくとも重過失により右の事情を知らないものであるときは、その相手方は使用者に対して、民法七一五条に基づき、その取引行為による損害の賠償を請求することができないと解すべきであり(最高裁昭和四二年一一月二日判決・民集二一巻九号二二七八頁)、かつ、右にいう重過失とは、相手方において、わずかな注意を払いさえすれば、被用者の行為がその職務権限内において適法に行われたものではない事情を知ることができたのに、漫然これを職務権限内の行為と信じ、もって、一般人に要求される注意義務に著しく違反することであって、故意に準じる程度の注意の欠缺があり、公平の見地上、相手方に保護を全く与えないことが相当と認められる状態をいうものと解される(最高裁昭和四四年一一月二一日判決・民集二三巻一一号二〇七九頁)。
(一) そこで、原告らが土居に対し本件資金を交付した当時、原告らに右のような悪意又は重過失があったかどうかについて、さらに検討するに、この点、被告は、本件取引は極めて異常なものであって、原告らは、被告とは無関係に、土居の私的な運用能力に期待して、土居個人に対し本件資金の運用を委託したにすぎず、本件取引が被告の事業執行行為そのものでないことを知っていたものであり、仮に然らずとするも、右のことを知らなかったことについて重大な過失がある旨主張し、その根拠として、前記第二の三の1のとおり指摘する。
これに村し、原告らは、土居の説明から、同人が、被告の情報力等を背景に、その地位、職務権限等を利用して、本件資金を被告における取引で運用し、原告らに特別に利益を図ってくれるものと信じた旨主張しており、また、原告ら各本人尋問の結果中にも右主張に沿う供述部分がある。
(二) よって、考察するに、前記一の2において認定した事実及び乙第一号証ないし第四号証、第一四号証、証人土居の証言、原告ら各本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、
(1) 土居が原告らに対し勧誘、説明した本件取引の内容は、確定金額の投資により、一週間又は一か月という短期間の間に、右投資資金に対し、二割、又は三ないし四割の確定的な利益が得られるというものであること
(2) 本件取引の際、原告らと土居との間で、どのオプションをいくらの価格でどれだけ購入するかといった具体的な話はされていないこと
(3) 土居は、本件取引の勧誘の際、被告のディーラーで勝った玉を当てはめる(これは、被告の自己取引部門において利益の出た商品を特定の顧客の口座に付け替えることを意味するものと考えられる。)から、確実に儲かるなどと説明していること
(4) 原告らは、本件資金について、被告の口座に送金するのではなく、ホテルのロビー等被告営業所外で土居に対し直接手渡しで交付しており、しかも、原告小森は、その際、土居から自分も取引に参加したいなどと言われて、五〇〇万円を受け取っていること
(5) 被告においては、顧客との取引を開始する際には、予め顧客との間で、取引説明書等の書類の交付や、口座設定等の手続を行い、また、顧客からの入金があったときには、被告所定の様式、用紙による領収書を直ちに交付しており(外務員個人の私製の領収書の発行は禁止されている。)、右のような運用は、被告以外の証券会社でも、ほぼ同様であること、しかして、原告らは、右のような手続を一切行っておらず、また、土居が原告らに対し交付した本件預かり証書は、被告の正規のものではなく、土居が白紙を利用して手書きで作成した私製のものであること(このことは、本件預かり証書の外見上一見して明らかである。)
(6) また、被告において、顧客からの注文を受けて行われた取引については、その約定成立日の翌日の午前中に被告所定の様式、用紙による取引報告書を発送することとしており、右のような運用は、被告以外の証券会社でも、ほぼ同様であること、しかして、本件では、被告から原告らに対し右のような取引報告書は一切送付されていないこと
(7) 右(5) 及び(6) にかかわらず、原告らは、本件事件の発覚後も含め、平成四年九月一日に至るまで、土居を介することなく被告に対し直接問い合わせることをしていないこと
以上の事実が認められる。
右の事実からすれば、本件取引の内容及び過程において、通常の取引としては不自然な事情があったことは否めないところであり、また、原告中野も、その本人尋問において、本件取引がそれまで被告との間で行ってきた取引とは異なるものであると認識していた旨供述している。
(三) しかしながら、右(3) の点については、原告らは、その本人尋問において、被告のディーラーで勝った玉を原告らに当てはめるという措置が禁止されているかどうかは、被告内部のことなのでよく分からず、土居の地位からすればそういうことも可能なのであろうと考えた旨供述しており、原告らにおいて右措置が違法であることを認識していたものと断じることはできない。また、(4) の点についても、原告らに特に被告営業所内での交付を避けようというような意図ないし認識があったことを窺わせるに足りる事情は見当たらない。右(5) 及び(6) の点についても、原告ら各本人尋問の結果によれば、原告らは、本件預かり証書の交付は後日被告の正規の預かり証書ないし領収書が交付されるまでの一時的な措置にすぎず、通常の取引の際に授受される取引関係書類についても後日被告から届けられるものと考えていたことが認められ、前記一の2において認定したとおり、現実にも、原告らは、当初の期限である平成四年三月一六日が到来しても土居が運用利益等を持参しないため、同人に対し、再三にわたり、説明を求めたり、被告の正規の預かり証書ないし領収書との差替えや取引関係書類の交付を要求したりしているところである(この点、証人土居は、原告らから正規の領収書等との差替え請求はなかった旨証言するが、前記一の2において認定したとおり、土居が原告らに対する弁解の中で、被告以外の証券会社で本件資金を運用している旨述べて、原告らからの追求をかわそうとしていることに照らしても、右差替え請求があったものというべきであり、土居の右証言は採用できない。)。さらに、右(7) の点についても、原告らが平成四年九月一日に至るまで直接被告に対し問い合わせ等をしなかったのは、原告らがそれまで専ら土居を通じて被告と接触してきたことに加え、原告らが、土居から、本件取引のことを被告に話されると被告を懲戒免職処分となってしまい、本件資金も戻ってこないなどとして、被告には本件取引のことを話さないでほしい旨懇請されるとともに、再度投資してもらえれば今度こそ必ず利益をあげてみせるなどと言われたことから、原告らも、損失を取り戻せるのであればと考え、もうしばらくの間、土居に任せてみることとしたためであるということができることは、前記一の2において認定したとおりである。
これらのことからすれば、右(1) ないし(7) の事実から直ちに、原告らに前記悪意又は重過失があったものと速断することはできないところである。
(四) 右のことに加え、前記一の2において認定したとおり、土居は、本件取引の勧誘の際、原告らに対して、「外資系の証券会社の情報を被告の朝会で利用できる。」などと説明して、外資系の証券会社を背景とした被告の情報力等を強調するとともに、「被告のディーラーで勝った玉のみを当てはめてくれるから確実に儲かる」などと説明し、被告が過去に行った取引における利益の実績に関する資料等を見せることなども併せて、巧みに勧誘を行っており、右勧誘及び説明の内容は、被告における取引であることを強く印象づけるものであって、本件預かり証書に「大七証券(株)土居光二」と記載されていることも、右と同様、被告における取引であることを印象づけるものであるということができ、しかも、前記一の2において認定した事実及び原告ら各本人尋問の結果によれば、原告中野は、過去約三年半の間、土居を担当者として被告との間で取引を行い、土居とは懇意の仲であり、その間、特に被告との取引上のトラブルや不信を抱かせるような事情もなかったこと、原告小森も、原告中野の紹介により土居と知り合い、個人及び会社代表者として被告との間の取引を勧誘されるようになったこと、土居は、他の証券会社から引き抜かれて被告に入社し、本件取引当時、被告大阪支店内において法人部次長兼法人課長という高い地位にあって、原告らもそのことを知っており、右のとおり過去の取引においてトラブル等がなかったことなども合わさって、原告らは、本件取引まで土居を全面的に信頼していたことが認められるのであって、これらのことと前記一の2において認定した土居が被告大阪支店の法人部次長兼法人課長及び被告の外務員として原告らに接触してきた経緯等を併せ考えれば、原告らが、土居の説明から、同人が、被告の情報力等を背景に、その地位、職務権限等を利用して、本件資金を被告における取引で運用し、原告らに特別に利益を図ってくれるものと信じたとしても、無理からぬ側面があったと考えられる。この点、被告は、土居が原告らに対し本件資金を被告において運用すると述べていなかった旨指摘するが、反面、土居が明確に他の証券会社で本件資金を運用する旨述べたことを認めるに足りる証拠はないことに加え、仮に土居が原告らに対し本件資金を被告において運用する旨明言していなかったとしても、前記一の2において認定した本件取引の勧誘の経緯及び原告らがその本人尋問において被告との間の取引であることを当然の前提としていた旨供述していることなどに照らせば、右のことだけから、被告以外の証券会社で本件資金が運用されること(ないしその可能性)を原告らが認識していたということはできない。
(五) 以上に述べてきたことを総合考慮すれば、本件取引の内容及び過程における通常の取引としては不自然な前記(二)認定の事実を併せても、これらだけから、本件取引が土居の職務権限の範囲を逸脱して行われたものであることを原告らが知っていたと断定することはできず、また、原告らが右のことを知らなかったことについて、原告らに故意に準じる程度の注意の欠缺があり、公平の見地上、保護を全く与えないことが相当と認められる状態にあったとまで認めるに足りないというべきである。
なお、原告らは、土居が被告以外の証券会社で本件資金を運用している旨弁解したことに対し期限の猶予を与えていること、原告中野は、平成三年六月八日、被告に来社して、オプション取引について説明を受けた上で、あらためて被告との間で、株価指数オプション取引口座を開設して、右取引を始めており、また、右来社の際にも、本件取引のことについては一切触れていないことは、前記一の2において認定したとおりである。しかしながら、被告以外の証券会社で本件資金を運用している旨の土居の弁解は、本件資金の交付後、原告らによる追求の中で初めて出てきた話であって、右交付当時に右のような話がされていたわけではないのみならず、右弁解が勧誘時の土居の説明から原告らにおいて理解していた本件資金の運用方法と異なるものであることは、右弁解をきいた原告中野が被告に本件取引のことを話す旨述べていることなど前記一の2において認定した事実からも窺うことができるのであって、ただ、右の時点では、土居が被告には本件取引のことを話さないよう懇請するとともに、本件資金の運用の方は上手くいっていると述べていたことなどから、原告らとしては、もうしばらくの間、そのまま土居に任せることとしたものということができ、また、原告中野による再取引も、本件事件の発覚後、土居から再投資してもらえれば今度こそ利益をあげてみせるなどと言われた原告中野が、本件取引による損失を取り戻すべく、再度オプション取引を行うこととしたが、ただ、本件事件の経緯から、今度は、土居に任せることなく、自ら被告大阪支店に赴いて口座の設定等必要な手続を行ったものであるということができ、しかも、そのころ、原告中野が土居から被告には本件取引のことを話さないでほしい旨懇請されていたことなどについては、前記説示のとおりであるから、右の事実は、前記結論を妨げるものではないというべきである。
3 したがって、被告の前記主張は理由がなく、被告は、土居の本件不法行為によって原告らが被った損害について、その使用者として、その損害賠償責任を負うこととなる。
三 原告らの損害について判断する。
1 原告小森について
前記認定のとおり、原告小森は、本件小切手を土居に騙取されており、これにより、原告小森は、右相当額の損害を被ったものと認めることかできる(なお、原告小森の本人尋問の結果によれば、本件小切手については、原告小森が一〇〇パーセントの株式を所有する訴外株式会社コモリの口座から引き出された資金が原資となっていることが認められるが、同尋問の結果によれば、これについては、右訴外会社からの原告小森の借入金として経理処理されていることが認められるから、原告小森の損害ということができる。)。
この点、被告は、本件小切手の交付の際に土居が原告小森に対し交付した五〇〇万円を原告小森の損害から控除すべきである旨主張する。しかし、証人土居の証言及び原告小森の本人尋問の結果に照らしても、いまだ右五〇〇万円が原告小森と土居との間で如何なる合意のもとに如何なる性格のものとして交付されたのかは判然とせず、他にこれを判断するに足りる的確な証拠もないのであるから、前記認定のとおり、原告小森が、訴外株式会社コモリから借入金の形で一億円を引き出し、これを原資とした本件小切手を土居に交付していることに鑑みても、右五〇〇万円について、原告小森と土居との間で別個清算等がされうることは格別、これを原告小森の前記損害から控除すべきであるということはできないと解される。よって、被告の右主張は理由がない。
また、被告は、土居が、同年三月九日ころ、一五〇〇万円を原告小森の経営する会社の口座に振込送金しており、右一五〇〇万円を原告小森の損害から控除すべきである旨主張し、証人土居も右主張に沿う証言をするが、一方で、原告小森は、その本人尋問において、これを否定する旨の供述をしており、他に土居の右証言を裏付ける客観的資料もない以上、土居の右証言のみから右事実を認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠もない。よって、被告の右主張も理由がない。
2 原告中野について
前記認定のとおり、原告中野は、本件現金を土居に騙取されており、これにより、原告中野は、右相当額の損害を被ったものと認めることができる。
右認定に反する証人土居の証言ないし乙第一〇号証及び第一一号証中の同人の陳述は、その内容が変遷していることに加え、曖昧かつ不明確な部分が多く、到底採用できない。
3 右1及び2によれば、土居の本件不法行為によって、原告小森には一億円の損害が、原告中野には三〇〇〇万円の損害がそれぞれ生じたものということができる。
4 そこで、次に、被告の過失相殺の抗弁について検討するに、前記一の2において認定したところに徴すれば、原告らは、それぞれ株式会社の代表取締役として、一般人以上の社会的判断能力や経済常識を有しており、しかも、原告小森は、会社代表者として数十億円単位の証券取引を行ってきたとともに、個人的にも、約十数年間にわたり、証券会社数社に口座を設定して、株式の現物取引を多数行ってきており、また、原告中野も、昭和六三年一一月から被告に口座を設定し土居を担当者として被告との間で株式の現物及び信用取引を多数行ってきており、原告らは、証券取引について相当程度豊富な経験、知識を有していたものということができるのであって、これらによれば、本件取引を始めるにあたっても、口座の設定等通常の取引において行われる手続を履践することが期待されたにもかかわらず、原告らは、土居を信頼するあまり、これをせず、また、本件取引が投機であることを認識しておきながら、投資の対象となる商品の性格、仕組等について詳しく理解することもなく、確実に利益が生じるなどといった土居の説明に対し過大な信頼を寄せ、他人任せの態度で安易に利益を得ようと考えて、同人の勧誘するままに、同人の私製にかかる本件預かり証書一枚と引き替えに、大金を投じたものということができ、原告らの右のような軽率、安易な態度が土居の本件不法行為を可能ならしめる一因となったことは明らかである。したがって、原告らにも、その損害発生について、少なからず落度があり、これを損害賠償の算定にあたって考慮することが妥当である。
そして、その過失割合は、右過失の程度に照らし、原告らそれぞれについて四割とみるのが相当である。
5 そうすると、前記3の原告らの損害額に、右割合による過失相殺を施すことによって、被告が賠償すべき損害の額は、それぞれ、原告小森につき六〇〇〇万円、原告中野につき一八〇〇万円となる。
6 また、弁護士費用については、本件事案の内容、認容額等に照らし、原告小森につき四八〇万円、原告中野につき一八〇万円をもって、それぞれ本件不法行為と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
四 結論
以上の次第で、原告小森の本訴請求は、六四八〇万円及び内金六〇〇〇万円に対する土居の本件不法行為の日である平成四年二月四日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、また、原告中野の本訴請求は、一九八〇万円及び内金一八〇〇万円に対する土居の本件不法行為の日である平成四年三月九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから、右限度でこれらを認容することとし、その余はいずれも失当であるから、これらを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 窪田正彦 裁判官 小見山進 裁判官 寺本明広)